揺れまくった10年~大人ピアノの難しさ~

もうすぐピアノ再開10周年

ほんの軽い気持ちで再開したピアノ、あっというまに「再開10周年」は目のまえに迫ってきています。

「いつでも辞めやすいように」と選んだ最初の教室は大人生徒限定の教室で、都心ターミナル駅近くのピアノスタジオでのレッスン。最初に弾いたのは「エリーゼのために」でした。そういう、ゆるい感じで始めたピアノが、なんだかどんどん深みにはまって、あっというまに10年。

でも、ここでふと、この10年を振り返ってみると・・・なんだか、もう、ブレブレのぶれまくりなんですね。まぁ、それが原因で、10年経ったのに、ろくすっぽレパートリーが育っていないという現実があるわけです。普通、10年もやってれば、あんな曲もこんな曲も弾けてあたりまえでは?・・・と思うたびに、この10年の過ごし方を後悔するわけです。

最初の教室(大人限定)で

年に3回も発表会がありまして。当時はまだ外部参加者もほぼなくて、全員が教室生徒だったような。そんな中で、講師の先生がおっしゃった。

「前回、〇〇さんが弾いた曲を、今回は△△さんが弾くのよ。そうやってみんなで曲を引き継いでいく感じ」

そうなんだ? あれ? ということは、なんとなく、生徒間の序列のようなものを先生のほうがあらかじめ作っていて、その順にしか弾けないのか?・・・それは、どうなん?

根本的には、当時まだ仕事をしていて、その業務の繁閑と教室発表会のタイミングが合わなさすぎて、その教室をやめてしまったのだけれども。仮に続けていても、その教室で幸せになれたか?というと、微妙かもしれないな。たぶん、弾きたい曲は弾かせてもらえないし、おそらくその生徒間の序列のようなものを崩すことは先生の頭にはなかったと思うし。だけど、まぁ、迷いはなかっただろうなぁ。迷う余地がない世界というか。面白味は少ないにしても、いろんな意味で平和だったと思う。

方向性が見えなくなる日々に突入

その後、ピアニストさんのレッスンに通うようになるけれども、教室発表会がなかったものだから、社会人ピアノサークルに出入りするようになる。

これが迷いの元ですね。

サークルには、超弾ける人から、大人になってゼロスタートしました、って人までいろいろ。そして、演奏される曲もいろいろだし、サークルのイベントも楽しい企画が目白押し。それも一つのサークルじゃなくて、あっちのサークル、こっちのコミュニティという感じなので、いつも何かしらのイベントが目の前にある状況。

そうすると、イベントの企画に乗っかって、次はこれ、その次はあれ、と、予定だけが先にきまって、いつも、イベントごとのどろなわ作戦。つまり、すべてが短期間でのにわか仕込みなので、じっくり時間をかけて大曲を準備するということはなく、企画に合わせて何とか音を並べられそうな曲をピックアップして、文字通りただ弾いただけというものも量産した。

そういう曲って、イベントが終われば、ほとんど忘れてしまう。今、過去のイベントで弾いた曲を書き出してみようとしても、半分も思い出せない自信がある。そして、ほぼ、そのイベントが終われば二度と弾くことはない。

私が本当に弾きたい曲って何なのだろう?

選曲フリーの演奏会企画もあるけれども、日ごろ、どろなわイベント対応をやっていると、そのイベント用の曲を出すくらいしかできない。「これを弾きたい!」と思う曲があっても、他の出演者との曲かぶりが発覚して、自分から別の曲に変えたこともある。これをやると、結局、その選曲フリーイベントですら、どろなわ仕立てになってしまう。

これからの10年は、自分ファーストでいこう

ピアノを弾ける時間って、永遠ではない。物理的な環境と、自分のメンタルとフィジカルとがすべてそろって初めてできること。身体的な衰えはとっくに始まっている。もう、10代~30代のような強さはないし、R眼対策のiPadは必需品。もし、今iPadがこの世に存在していなかったら、とっくにピアノはあきらめていた気がする。

これまでの10年間って、今より若かったわけで・・・その時期に、イベント対応のどろなわをやっていたのって、今思えば、もう後悔しかない。この10年、イベントに参加せず、ひたすらツェルニーをやりこんでいたなら、同じ「レパートリーなし」な状態でも、基礎力がもっと底上げされていただろうから、これからの10年は鬼に金棒、なんでも来い~!な状況で、それこそ何だってやれる自由を手に入れていたのだろうな。

後悔先に立たず。

で、この先どういうふうにピアノと付き合っていくかと考えると・・・

①やめる・・・・は、ないな(笑)、やめることはいつでもできるし、ある日突然そうせざるをえなくなるかもしれない。ので、今、みずから率先してこれを選択する必要はない。

②今までと同様、イベント主体で楽しくやっていく・・・、これもないな。だって、今、ものすごく後悔しているのだから。

③自分の弾きたい曲から優先的に取り組んでいく・・・これよね。今度は、自分ファーストでいこう。

そのためには、イベントは「自分の今取り組んでいる曲が、その場に合うなら」参加するし、そうでないなら無理に曲を見繕って参加することもないかな。

その時、気になるのが「曲かぶり」。多人数が出演する演奏会などでは、人気曲はだいたいどの演奏会でも誰かが演奏しているもの。これまでそうしたケースに遭遇すると、私は、最初から誰も弾かないような曲を選んだり、曲が被りそうだったらあえて別の曲を選んで、本命の曲は他の人に譲ったり。だけど、私がそういうことをしていたことは、ほぼ気づかれていないし、だから感謝もされない。ただ、同じ参加費を払って、他の人は楽しく自分の弾きたい曲を弾いているのに、私は弾きたい曲も弾かずに同じ参加費を払ってたんだな。アホすぎる。

曲かぶりはご法度

もうやめたサークルだけど。演奏会じゃないので当日何を弾いてもいいって話だったのに、「次回、あの曲弾かれますか? 〇〇さんと曲かぶりですけど、ゆかりねさんはどうされますか?」とメールしてきた主催者がいらっしゃった。

これは、今思い出しても、大変失礼な話ですわね。私がその曲を弾くと想定していて、曲かぶりがイヤなら、そう思ってる人のほうが曲を変えばよいのに。主催者を通して、私に曲を変えさせるか、参加キャンセルさせようとしてこられたわけで。

そう・・・この時は、その時お世話になっていた先生に相談したら、あまりの話にびっくりして「絶対引き下がるんじゃない!」って後押ししてくださいました。私は「参加しますよ~。はい。予定どおり、あの曲弾きます」と主催者に返事しました。当日の曲かぶりが確定とわかって、主催者さんは演奏順を私がトップバッター、もうひと方をトリに置かれました。これもこれで、大変、ナニな話ではありますが・・・さらに続きがありまして。
その日の私の演奏はその直前のPTNAステップでもBravo3個もらってたので、客観的にも悪い演奏はしていないと思う。だからなのかどうなのか、主催者さんはその日、まだ会場に人がたくさん残っているにも関わらず、私のジャケットを連れてさっさ帰ってくださった(「誰かの忘れ物かと思って」だそうだが、その場に人がたくさん残っているのだから「これ誰の~?」と声をかければいいはずだし、そもそもそのジャケットは私が座っていた席の椅子にかけてあったし、主催者さんはその席のとなりに座ってらしたので、私のものだとはわかっていらしたはずw)
さらに、毎年年末に送付される収支報告が私にだけ送られてこなかったり。
つまりは、この曲かぶり事件は、私ではないもうひとりの方を贔屓にしてらっしゃった主催者さんの逆鱗に触れたようでした。

この時、私はようやっと「曲かぶり」はご法度で、いくら名目上は曲かぶりOKと謳ってあっても、現実には「その曲を弾くべきひとが予めきまっている」ことが多くある、と学んだのでした。

そのサークルはやめて、他のサークル、コミュニティに参加するようになっても、その後、人気曲には手を出さず、ひたすら曲かぶりを回避し、曲かぶりのないイベントでもあえて不人気曲を選ぶ(で、ドツボにはまる)ということをやってきた結果が現在。実に他人ファーストな10年でありながら、他人にはまったく知られず、感謝されずという・・・。

わたしのピアノ再開第2ステージ

コンクールは参加要件を満たしていれば、誰が参加してもいいし、何を弾いてもいい。なので、わたしは今後はコンクールを第一に考えて、そこに出せる曲を弾く。みんなの食べ残し的な不人気曲ではなくて、みんなが弾く王道の曲を弾く。

もう誰にも遠慮しない。最強で最高の応援団は、自分の先生だわ。

宣言しよう。

来年のメイン曲は、ショパン♬