雑記:ピアノ再開当時のこと

今の私は働いていないけれども

新卒入社した会社をアラフィフまで約30年勤務しておりました。

バブル崩壊ちょっと手前、雇均法世代というやつでしょうか。だから、何の専門性もなかった私でも、とりあえず名の通った大企業ってやつに潜り込むことができ、そこでいろんな体験をさせてもらって、(そりゃしんどいことも、ニラニラすることも、笑っちゃうようなこともいろいろありましたが)総じて楽しく仕事をしてこれたと思ってます。

いろんな制度が整っている大企業だけあって、自分の意思ひとつで仕事は続けられます。大規模なリストラもありましたが、幸か不幸か、その対象とはならず、辞め時を逸して続けていた部分はありました。

最後に担当していた仕事が「10年完結」という、まぁ非常に息の長い分野でして、ちょうどプロジェクトの切れ目がアラフィフ・・・新規のプロジェクトに入れば間違いなく定年まで安定コース。もっとも超激務な分野ではありますが。その仕事を全うし、めでたく定年退職した時、自分はもうすっかり還暦なのです。

幸い、住宅ローンも完済してて、ムスメの学費も見通しがたってる。食べていくだけなら、旦那氏のお給料だけでやってけないわけがない。

ん? じゃぁ、何のために働くのだろう?
50代の10年をその仕事に投じて得られるもの・・・お給料10年分。これは魅力的です。だけど、それを手にして、60歳になった自分は何をするのだろう?

ピアノ再開のきっかけ

何かしたいことあったっけ?

60歳になった時、どんな生活をしてるんだろう? ちょっと想像してみた。


何もない?

それは怖すぎる。

だけど・・・そうなのだ。「好き」を仕事にしたとはいえない私は、たまたま出会った仕事を「好き」になっただけ。私の本棚は仕事関係の本が目立つ。これは60歳までとっておく本だろうか? その時、読み返したい本だろうか? そうやって本棚を整理していると、ピアノの楽譜が出てきた。大昔にレッスンに通っていた時のだ。懐かしい~。

そういえば、ムスメにもピアノを習わせた。しかし、彼女は3歳で始めたピアノを5歳で辞めるという残念な子だった。代わりにバレエは長く続いたし、テニスも続いた。子供とてひとりの人間だし、個性はあって良いし、無理強いするものでもないでしょう。

だけど、そのムスメのために買ったアップライト(サイレント付き)があった。もはや誰も弾かない。リビングのオブジェだ。何年も調律していない。

その発掘された楽譜をおそるおそる弾いてみる。

ひ、弾けない・・・ 笑っちゃうくらい弾けない・・・

全音の「ソナタアルバム」ってやつ・・・。確かに弾いていたはずなのだ。大昔には。先生の書き込みもいっぱいある。

弾けないけど…楽しい♪

これがピアノ再開のきっかけとなった。その後は多くの再開組のみなさん同様、「大人の趣味ピアノ」という沼にはまるのだった。

先生探し

これはあとで知った話だが、企業によってはピアノサークルというものもあるらしいが・・・私の勤務していた会社にはそんなものはなかった。いくつか、文化系、体育系のサークルはあったようだが、音楽系はなかった気がする。もしあったら、もっと再開するタイミングが早かったかもしれないけど、なかったものは仕方がない。

その時、私は、本当にまったく弾けなかったので、「レッスン行かねば!」と思った。そして、「ピアノ 大人 東京 趣味 レッスン」みたいなキーワードでピアノ教室を探すことになる。

そして、沿線上のそう遠くない場所でとある教室を見つけて、体験レッスンのアポを取るのだった。

最初の体験レッスンに行く

そもそも、ピアノの体験レッスンって何をするのかもわかっていない。アポをとった教室の先生からは、ただ、「弾きたい曲の楽譜を持ってきて」と言われた。

行くと簡単な面談から始まった。先生はたぶん同世代かちょっと上の女性。

ピアノを再開してどうしたいの? ピアノの資格を取りたいの? ヤマハグレード? 英国王立検定? 

まぁ、大人のアマチュアピアノの状況も何も知らないわけで、大人のレッスンがどんなものかも知らないで、体験レッスン(という名の面談)に行って、何を言われているのかもサッパリわからない。

弾きたい曲は?

これなら答えられる。

「昔見たドラマの『赤い激流』で水谷豊が弾いていた曲。カンパネラとか英雄ポロネーズとか。子供ながらにあぁいう曲に憧れていました」

ようやく会話が成立して、「将来の目標はわかったわ。じゃぁちょっと何か弾いてみて」といわれ、全音ソナタアルバムから、モーツァルトのK545を弾いた。玉砕した。なんせ指が回らない。

意気消沈しているところに、その女性講師はこうおっしゃった。

「弾けないわよねぇ」

その瞬間、自分の中でプチっと何かが切れた。

弾けなくて何が悪い?

そう、弾けないんである。まぁ、モーツァルトというのは、アラが目立つので大人アマチュアピアノ界隈では敬遠されがちというのは、後で知った話だが、この時の私はそんなことは知らない。ただ、「昔弾けてたはずの曲が弾けない」ことにおおいにショックを受けていた。

もしも・・・ずっとピアノを続けていたら、こんなに「弾けなくなっている」こともないだろうし、今さら体験レッスンなんて行ってない。

そう、私のピアノは約35年、すっかり抜け落ちているのだ。だけど、その間、私は(ピアノは弾いてないけれど)自分の時間を生きてきている。仕事もしたし、そっち方面でいろんなスキルを身につけていた。仕事中心の生活のゴールを考えて、少しずつ、音楽を生活の中に取り入れたいと思った段階なのだ。

「弾けないわよねぇ」

それはまぎれもない事実です。だけど、ピアノだけが唯一無二の人間の価値をはかる尺度であるかのような言われっぷり・・・まるで自分の人生の35年間が全否定されたような気がした。

この人に何を教わるんだろうか? 

「無理だ」と思った。そして、体験レッスンだけで終わってしまった。

大人ピアノっていろいろある

誰にだって人生のいろんな節目があって、その時点でピアノから離れる選択をしなきゃいけない時がある。

アマチュアって、ブランク期間の長短こそあれ、みんなそういう経歴があるんだと思う。ピアノから離れたからこそ、その人が選んだ道で実績を積んでこられていると思う。そしてまたピアノのある生活を取り戻して、うまくバランスをとって続けている人がほとんどだと思う。

ピアノを続けている人もいるし、大人になってから新たに始めた人もいる。

だから、ピアノの専門の道に進まれた人が、アマチュアのピアノを「弾けないわよね」なんて言葉で切り捨ててほしくはない。

「弾けない」のは、その人がその人の人生を真摯に生きてきたから。

大人がピアノを始めたい、あるいは再開したい、という時「弾けない」のはあたりまえなのだ。それを受け止めてほしいものです。

そののち、ご縁があってお世話になった先生はよくおっしゃってました。当時まだ20代だった男性の先生ですけれども。

「真摯に向き合って生まれる音楽は、どなたの音楽も美しい」

専門の道に進まれたピアニストから見れば、アマチュアのピアノなんてかなり「聴けない」ものなんだと思う。だけど、こうやって受け止めてくれる先生も探せばいらっしゃる。

これって、結局、「よかった探し」なんじゃないかなぁ。