雑記:発掘した本

季節の変わり目、衣替えとともに断捨離も(←ほぼ年中無休でやってるはずなのに、ちっともゴールが見えない!)やってみた日。

断捨離は、メルカリで売りやすい本から手をつけているのですが、本棚の奥から、すっかり忘れていた童謡の楽譜本が出てきました。
童謡などを、主旋律(とコード)のみ書かれた楽譜と、歌詞が載っている本です。



なんでこんなものを?と思われるかもしれませんが・・・。

今、我が家に幼児がいるわけでもありません。
保育士試験を受ける予定もありません。

でも、これが必要になって購入したのを思い出しました。

はい、ピアノのレッスンで(爆)

発端はレッスンから

3年くらい前のことだと思う。
レッスン中に音ミスが多かった時、半ば呆れられたかのようで。
先生から。「即興の練習を毎日してみてください(^0^)」と、さらっと言われました。

即興? 何それ? どうやるんですか?

と、目が点状態で聞いたら、

「日本のクラシック音楽教育は、楽譜ありきの世界なので、楽譜がないと何もできない演奏家が実はたくさんいる。それはどこか音楽教育として偏っていて・・・(以下略)」

と、ひとしきりお考えをお話しされ、

「『ちょうちょ』弾いてみてください」

と言われ、主旋律だけ、ハ長調で弾いてみたら・・・

「伴奏つけてみてください(^0^)」

たどたどしく弾いてみる・・・。

「できますね(^0^) そんな感じで、ぜひやってみてください♪
 伴奏付けに慣れたら、変奏(編曲)もやっていくといいですよ。
 モーツァルトだって『きらきら星』でやってますから。
 まずは、童謡がやりやすくでいいですよ。
 ゆかりねさんは、和声もきちんと勉強されているので、できますよ」

( ゚д゚)ポカーン

和声を勉強している、と先生にそういう評価をされてるってのは悪い気はしません。むしろ嬉しいです。
ただ、私は、楽譜を読み解く手段として和声をかじっただけで、まさか、こんな課題が出るとは夢にも思ってなかったです。

でも、そういうアドバイスがされるということは、その和声の知識と、楽譜に書かれている音楽とかつながっていなく、さらにそれが身体とか指ともつながっていないということ。

音ミスのしかたひとつで、そこまで見抜いてしまわれる先生、すごい。

そして、本探し

ということで、童謡への即興伴奏付けをすることが課されてしまったわけですが、
それをやるにあたって、そもそも、私は、童謡というものを知らないのです。

子供はいますけど、保育園育ちなんで、親が弾き語りして聴かせたことなんてないし。

なので、楽譜を探してました。

で、本屋行ったり、図書館行ったりして、パラパラ見ていたけれど、「ピアノ伴奏つき」が大半で、これでは不要な情報が多すぎでダメです。
もっとも、童謡の楽譜本は、保育士さんが演奏することを想定して作られているのだろうし、伴奏つきがニーズが高いからそうなっているのでしょう。

結構探し回った末、古書店かどこかで入手したのが冒頭で取り上げた本です。

主旋律だけ。コードもついていますが・・・。
よく似た本で、コードが書かれているのが複数あったけれど、較べてみると、実は、本によってつけているコードが違うこともわかったし。

そういうことなんですよね。単旋律の音を、どの和音の構成音と考えるかで、伴奏付けが変わってくるわけで。
なので、コードは無視して、旋律だけを書き写してそこから伴奏譜を作ってみよう。

「書かれている通りの調性でやるのもいいし、長調バージョン、短調バージョンを作ってもいいですよ」
ともアドバイスいただいていたので、書かれているコードはあまり重視せず、自分なりに考える練習もすべきってことですね。

あれから3年経ちました

・・・ということで、この本が本棚の奥深くに埋没していたということはですね・・・お察しのとおりで。

だけど、前回のレッスンでフランス組曲のトリルの音の指摘を受けていますが、まじめにこの童謡伴奏付けをやっていたらそんなことにはなっていないのだろうな。

やらなきゃな。

いつやる? それが問題だな。

今さら、「やってみました~」と楽譜を出すのもどうかと思うし、
先生、そんな課題を出したことを覚えてらっしゃるのかも謎だけど・・・。

どうするかなぁ。

「ちょうちょ」10変奏くらい書けたら出してみるかな・・・。

ますます・・・いつやるんだろ? (^0^;;