雑感:音と音楽について②

前の投稿(「雑感:音と音楽について①」)の続き。

で、なんとなくざっくりとですが、私的には
好意的、少なくとも嫌悪感なく受容されるもの、あるいはそういったものがうまく調和されている音世界は、「快」な世界で、さらにその中の特定のものについてもっと浴びたいと思うものもあったりするのだと思う。
電車の音が大好きなテツさんたちもいるし、森林浴で鳥のさえずりに癒される人もいたり、ゴールドベルグ変奏曲を偏愛する人もいるし。

さて・・・そこで話は最初に戻るのだけれども。

ゴールドベルグ変奏曲には、もちろん、メロディーもリズムもハーモニーもあります。いわゆる音楽の三要素を完備している「音楽」です。

だけど、電車の音や鳥のさえずりはどうなんだろう? あるといえばあるし、ないといえばないのかも。少なくとも、電車の設計者は走行音を意図して設計してはいないし、鳥だって「この音程で鳴けば、可愛いあの鳥さんと三度でハモれるぞ♪」なんて考えてはいない(たぶん)。
都市にあふれるさまざまな音があわさってできる音世界も、特定の音を抽出すれば不協和な音だってたくさんあるし・・・だけど、そういうものとして受容される。また、仮に毎日同じ場所で定点観測していても、そこの音風景は毎日少しずつ違うはず。駅前の朝の通勤時間帯ひとつとっても、今日に限って朝寝坊した女子高生がダッシュする足音は昨日のそれとは違う。

あぁ、なるほど・・・。
「4分33秒」の世界ってこれなのか!



いわゆる音楽の三要素を完備した楽曲はまぎれもなく音楽です。
作曲者がルールに則って設計し、五線譜上に書き表したもの。「音楽作品」ということで、人工的なもので、精緻なもの。

一方で、地球上のどこでも、自分のいるその場所にある音風景は、計画的に設計されたものではなく、何もルールもないし、偶発的な産物。「音楽作品」ではないが、それもまたひとつの「音の世界」なんだろうな、と思う。

そこに気づいた自分、えらいわね♪・・・というのはさておき。

一般的に「音楽」というとき、前者「音楽作品」そのものやその演奏についてを指すことがほとんどです。
どう考えても、後者のほうが、無数に、とんでもなく広大な範囲で、原始の時代からそして今後も未来永劫、新しい音世界が創出されていくというのに。

「音楽作品」のほうって、ほんっと限定的なのに?

しかも、特に、ピアノで扱うような楽曲は、ここ300年ほどの間にヨーロッパで書かれたものを指すことが多く、さらに限定的で・・・

そして、最初の疑問に戻るのでした。

音楽って何?

(続く)